日本史でみる馬

【飛鳥時代】
646年大化の改新によって、駅馬・伝馬などの通信手段として、馬が用いられました。
壬申の乱では騎馬隊が登場しています。
「出雲国風土記」では、この頃の大国主に馬肉を奉納したと記載されています。v 既に馬肉食の文化も存在していたと考えられますが、大化の改心で、馬肉食は禁止されています。
「日本書紀」では天武天皇による肉食禁止令で、4月1日から9月30日までの、稚魚の保護と五蓄の肉食が禁止されました。五蓄…牛・馬・犬・ニホンザル・鶏

【平安時代】
「競馬式(こまくらべ)」「きおい馬」「くらべ馬」「競馳馬」などと称し、現在の競馬にあたる行為が盛んに行われていました。
乗馬したまま弓を射る騎射なども行われ、勝者・敗者間で物品をやりとりする賭けも行われていました。
起源は、もともと尚武(武術の研磨)として生まれたと考えられますが、平安時代の間に、娯楽として楽しむものへと変わっていったと考えられています。

一方で、宮廷儀礼として様式化されたものは神社にも伝わり、祭礼としても営まれるようになりました。

【鎌倉時代】
10世紀、武士の誕生とともに、大鎧を着て長弓を操る武芸「弓馬の道」が武士の正当家芸とされました。
「平家物語」では一ノ谷の戦いで源義経が馬に乗ったまま崖を駆け下りた“ひよどり越え”として記されています。

【江戸時代】
徳川家康、家光、吉宗は特に武芸として馬事を推奨し、江戸の高田に馬術の稽古場をつくりました。